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札幌地方裁判所 平成9年(フ)361号 決定

主文

本件破産申立てを却下する。

申立費用は申立人の負担とする。

理由

第一  申立ての趣旨及び理由

申立人は債務者に対し、元金だけでも合計七六億二〇〇〇万円の貸金債権を有する債権者の資格において、債務者が約二四億三六六九万九〇〇〇円の債務超過状態にあり、かつ、債務者の現在の売上げをもってしては約七一一億の借入金の利息の支払いすらできず支払不能であるとして、債務者北海道エスター株式会社を破産者とする旨の決定を求めている。

第二  一件記録及び審尋の結果によれば、申立人の申立債権につき以下の事実が認められる。

一  申立人の債務者に対する七五億円の貸付け及び現在の残債権額

申立人は債務者に対して、平成二年五月三一日、金七五億円を次の条件で貸し付けた(以下「七五億円の貸金債権」と言う。)

ア  弁済期 平成七年五月三一日

イ  利息の利率及び支払方法

年九・九パーセント(その後利率は年八パーセントに変更)

毎年三月、六月、九月の各末日及び一二月二〇日に三か月分を前払いする。

ウ  損害金 年一八パーセント

右債務の弁済状況は次のとおりである。

ア  元金

平成四年三月三一日 一〇〇〇万円

平成五年一二月七日 一億七〇〇〇万円

イ  利息

平成五年一月六日分まで支払済み

よって、右貸金債権の現在の残債権額は、七三億二〇〇〇万円の元金及び平成五年一月七日分以降の利息である。

二  申立人の債務者に対する三億円の貸付け及び債務者による弁済状況

1  債務者は申立人から、平成四年一二月二二日、七五億円の貸金債権の利払いに充てる目的で、金三億円を二口、金四億円を一口の三口合計一〇億円を借り入れた。申立人が本件において債務者に対して有すると主張する金三億円の貸金債権(以下「三億円の貸金債権」と言う。)は、右三口の債権のうちの一口である(契約番号92―0001号。他の二口の債権は、契約番号92―0002号の三億円の債権及び契約番号92―0003号の四億円の債権である。)

右三口の貸金債権の貸付条件は次のとおりであった。

ア 弁済期 平成五年一二月二〇日

イ 利息の利率及び支払方法 年八パーセントで半年分前払いする。

2  平成五年二月、申立人が債務者に対し、弁済期前であるにもかかわらず右三口一〇億円の債権につき返済を求めてきた。

当時申立人会社においては経営権の譲渡が計画されていたため、申立人との将来の関係に不安を感じた債務者は、同年二月二〇日、次の条件で一〇億円の債務について繰上弁済に応じることとした。

ア 債務者は、申立人の株式会社シー・シー・アール(以下「シー・シー・アール」と言う。)に対する債務を次の条件で申立人に代わって支払い、その弁済相当額につき申立人の債務者に対する一〇億円の債権を同額で相殺消滅させる。右支払いのため、債務者は、左記各期日を満期日とする額面合計一〇億円の手形をシー・シー・アールに交付する。

平成五年二月二四日 七億円

平成五年三月から同年八月まで毎月末日限り 各一〇〇〇万円

平成五年九月から同六年四月まで毎月末日限り 各三〇〇〇万円

イ 申立人は右分割払いにかかる利息請求権を放棄する。

ウ 申立人は、シー・シー・アールに対する最初の七億円の支払が完了した段階で三億円一口及び四億円一口の各金銭消費貸借契約証書を債務者に返還し、残りの三億円の証書はその完済時に債務者に返還する。

3  平成五年二月二二日、債務者はシー・シー・アールに対して七億円を支払い、シー・シー・アールから額面七億円の手形の返還を受けるとともに、申立人から三億円一口及び四億円一口の各金銭消費貸借契約証書の返還を受けた(三億円が契約番号92―0002号、四億円が契約番号92―0003号)。

残りの三億円については、途中シー・シー・アールから期限の猶予を受け支払方法を変更し、当初の予定よりも一年四か月後である平成七年八月三一日に完済された。しかしながら、その債権の金銭消費貸借契約証書は現在も申立人の手元に残存している。

なお、平成五年二月二〇日の前記合意時までの利息については、債務者から申立人に対して支払い済みである。

三  七五億円の貸金債権への質権設定及び同債権の弁済状況

1  申立人は、平成三年六月一二日、債務者に対して有する七五億円の貸金債権について、自らが申立外株式会社三和銀行(以下「三和銀行」と言う。)に対して現在及び将来負担する一切の債務(正確な金額は不明であるが、少なくとも質権が設定された債権の額を相当上回る金額の債務が現在も残っていることが認められる。)を担保するために、三和銀行に対して質権を設定した。

2  債務者と申立人は、平成五年二月二〇日、前記一〇億円の貸金債権の繰上弁済の合意を交わすと同時に、七五億円の貸金債権について次のとおり合意した。

ア 七五億円の貸金債権については、「その債権全部の処理方一切を三和銀行に委ねていることを確認し」、同債権処理の協議、合意については、三和銀行と行う。

イ 七五億円の債権の支払確保のために債務者が申立人に対して振り出していた額面金額合計七五億円(五億円が一五通)の一覧払手形は、前記一〇億円の貸金債権中七億円の支払がなされた時点で債務者に返還する。

3  債務者は、平成五年二月二二日、前記七億円の支払いの席上で、申立人から右額面合計七五億円の手形の返還を受け、かつ、債務者の申立人に対する七五億円の債務を担保するために債務者所有の不動産に設定されていた申立人の抵当権設定登記の抹消登記に必要な書類の交付を申立人から受け、平成五年二月一日の解除を原因として、同年三月一五日付けで右抹消登記が行われた。ただし、三和銀行の転抵当権の目的となっていたものについては、抹消登記の対象から除外された。

4  七五億円の貸金債権については、債務者と三和銀行との間の協議により三和銀行から弁済の猶予を受け、平成七年四月からは、同九年六月に至るまで毎月一五〇万円の弁済を概ね約定通り続けている。三和銀行は現在のところ、債務者の了解を得て債権償却のために転抵当権を実行すること以外の法的手続に訴えることは考えていない。

四  他の債権者に対する債務負担及びその弁済状況

なお、債務者は、以上の債務の外にも野村ファイナンス株式会社、株式会社ユーズなど十数社に対しても債務を負担しており、その債務総額は七〇〇億円を超えている。しかしながら、申立人を除く各債権者との間では、現在協議により任意弁済が続けられており、申立人以外の債権者は破産申立て等の法的な債権回収手続に訴えていない。

第三  申立人の申立適格に関する当裁判所の判断

一  三億円の貸金債権について

前期認定のとおり、申立人が主張する債務者に対する三億円の貸金債権は元金及び利息ともに既に消滅しており、これに基づく債務者に対する破産申立権は認められない。

二  七五億円の貸金債権について

1  七五億円の貸金債権については三億円の貸金債権と異なり、まだその相当額が残存している。そして、その債権者は依然として申立人であることが認められる。

質権設定に加えて手形の返還や抵当権の抹消等の事実があることを根拠に、債務者は、申立人は債権を放棄した旨主張する。しかし、申立人の債権放棄の意思表示を直接根拠づける証拠はなく、また、多額の被担保債務を質権者に対して負担する質権設定者が、対象債権について回収の意欲を失うことは希有のことではなく、質権設定後の本件申立人の挙動のみをもって、申立人が七五億円の貸金債権を放棄したと言うことはできない。

2  しかしながら、本件のような債権者申立ての破産事件において申立債権者の債権が質入れされている場合には、実体法上の債権者ではあっても破産申立適格(破産法一三二条)を否定すべき場合があり得る。

債権を質入れしていても、自己の被担保債務の弁済が見込まれる場合には、将来自己に当該債権の処分権が戻ってくることに備えて破産原因ある債務者に対して破産申立てをする権利を認めるべきであるし、また、債務者に破産原因があることを知った質権設定者が質権者のための保存行為として債務者の破産を申し立てることも認められてしかるべきである。

3  しかし、本件においては、申立人は質権者である三和銀行に対して多額の債務を抱えており、被担保債務の弁済は期待できない状況である。そして、申立人自身、七五億円の貸金債権の処理方一切を質権者である三和銀行に委ねることを確認する旨の文書を債務者に交付するとともに、右債権の支払いを確保するために債務者から受領していた振出手形を債務者に返還し、かつ、右債権担保のために債務者所有の不動産に設定していた抵当権を三和銀行に転抵当権を設定している物件を除いて解除している。以上の事実に照らせば、申立人は七五億円の債権について自らこれを行使する意思のないことをいったんは表明し、かつ、客観的にも現時点において行使の可能性は極めて小さい。

また、申立債権者を除いては、三和銀行はもとより大口債権者は、債務者の財務状態を十分知った上で長期分割弁済の方法で自らの債権を回収する手段を選択しており、現時点での破産申立ては他の大多数の債権者の意思に反する。また、破産により債務者の財産を現時点で換価した場合に、現在及び将来に各大口債権者が任意弁済により回収できるであろう金額よりも多額の回収を短期間でできるとも認められない。以上の事実によれば、本件破産申立てを、自己の質権者のための質入債権の保存行為と認めることはできないばかりか、他の債権者のための保存行為と言うこともできない。

4  なお、破産申立てにより三和銀行が七五億円の貸金債権の残債権のうちいくらかでも回収できれば、同額分だけ申立人の三和銀行に対する債務が減少することは間違いなく、その点で破産申立てにより申立人は現実的な利益を得ることができる。ただし、処分権限のない質権設定者にかかる利益の確保のみを理由に破産申立権を認めることはできない。

5  以上によれば、本件において七五億円の貸金債権により破産申立権を有しているのは質権者である三和銀行のみであり、申立人にはこれによる破産申立権は認められない。

第四  結論

よって、本件破産申立ては、申立人が申立適格を備えておらず不適法であるから、その余の点について判断するまでもなくこれを却下することとし、破産法一〇八条、民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり決定する。

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